永遠に残るもの

2021年7月25日(日) 聖日礼拝メッセージ

ルカの福音書 21章33節

この天地は滅びます。

しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。

  1. この地上での生活は、永遠に至るための旅です。

  真に生きる目的を知りましょう。

私達の現在は、私達の未来を選択するための過程です。

生きていく中で、私達が大切だと考えるものが多くあると

思います。食べること、住まい、着るもの、家庭、仕事、

さまざまあります。しかし、本当に大切なものは、多くは

ありません。いや、一つだけあれば充分です。

私達は、この地上を去る時に、この地上の何も持って行く

事はできません。むしろ、何もいらないのです。

長いのか、短いのか、人それぞれですが、この地上は

永遠ではありません。いつかは無くなるもののために

命をかけるのは、無駄な事です。

私達は、永遠を知る時に、真に生きる目的を知ることが

できます。どのように生きるべきなのか、はっきりわかる

ようになります。

ペテロの手紙 第一 2章11節

愛する者たちよ。あなたがたにお勧めします。

旅人であり寄留者であるあなたがたは、たましいに

戦いをいどむ肉の欲を遠ざけなさい。

コリント人への手紙 第二 5章1節

私たちの住まいである地上の幕屋がこわれても、

神の下さる建物があることを、私たちは知っています。

それは、人の手によらない、天にある永遠の家です。

2. 滅びるものに心を奪われないように目をさます。

 私達に与えられた救いを奪われないように注意する。

この地上では、私達に与えられた最高の祝福を

奪おうと日夜歩き回り、狙っている敵がいます。

その敵は、戦略家で、巧妙ですから、うまく騙して

気づかれないように私達の大切な宝物を騙し取ろうと

たくらんでいます。 

ヨハネの福音書 10章10節には、こうあります。

“盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。

わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。”

それを奪われないように、いつも目をさまして

気をつけている必要があります。

ペテロの手紙 第一 5章8節

身を慎み、目をさましていなさい。

あなたがたの敵である悪魔が、

ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、

歩き回っています。

ヨブ記 1章6~12節

ある日、神の子らが主の前に来て立ったとき、サタンも来てその中にいた。

主はサタンに仰せられた。「おまえはどこから来たのか。」サタンは主に答えて言った。「地を行き巡り、そこを歩き回って来ました。」

主はサタンに仰せられた。「おまえはわたしのしもべヨブに心を留めたか。彼のように潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっている者はひとりも地上にはいないのだが。」

サタンは主に答えて言った。「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。

あなたは彼と、その家とそのすべての持ち物との回りに、垣を巡らしたではありませんか。あなたが彼の手のわざを祝福されたので、彼の家畜は地にふえ広がっています。

しかし、あなたの手を伸べ、彼のすべての持ち物を打ってください。

彼はきっと、あなたに向かってのろうに違いありません。」

主はサタンに仰せられた。「では、彼のすべての持ち物をおまえの手に任せよう。

ただ彼の身に手を伸ばしてはならない。」そこで、サタンは主の前から出て行った。

マタイの福音書 24章40~42節

そのとき、畑にふたりいると、ひとりは取られ、ひとりは残されます。

ふたりの女が臼をひいていると、ひとりは取られ、ひとりは残されます。

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、

自分の主がいつ来られるか、知らないからです。

3. 永遠に残るものに、いつも心を向ける。

いつまで残るのは、「信仰」「希望」「愛」

私達は、永遠に主と共にいきます。

この天地が滅びるとは、嘘ね作り話ではありません。

実際に、この天地はなくなります。

今を生きている、私達は、この地上は、とても不安定だと

感じる事があります。

地震、コロナ、異常気象、環境問題、戦争、ここで永遠に

暮らすのには、もはやむりがあります。

神様には、大きな壮大な計画があります。

それは、携挙、主が主を信じて受け入れた私達を

いつの日か迎えに来てくださるという希望です。

コリント人への手紙 第一 13章13節

こういうわけで、いつまでも残るものは

信仰と希望と愛です。

その中で一番すぐれているのは愛です。

テサロニケ人への手紙 第一 4章17~18節

次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに

雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。

このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。

こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。