初めての方の聖書の学び 1回目

聖書とは
1 神の教え、真理が書かれている書物です。

・2テモテ3章16節
「聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練のために有益です。」

聖書は天地創造の神、人を創られた唯一の神の教えが書かれている書物です。
聖書には真理が書かれていて、私たちが豊かな人生を送ることができるように教え
そして間違った道に進んでしまったら正し、神の示す道を歩むための訓練をしてくれます。

2 すべての創造の主、神のことが書かれている書物です。

・創世記 1章1節
「初めに、神が天と地を創造した。」

・創世記 1章27節
「神は人をご自身のかたちとして創造された。
 神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。」

3 神の子、イエスキリストのことが書かれている書物です。
 聖書全体は、主にイエスキリストの事が書かれています。

・マタイの福音書 1章21~23節
「マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」
このすべての出来事は、主が預言者を通して言われた事が成就するためであった。
「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)」

神の愛

神は、あなたを愛しています。あなたが神を知らなくても神はあなたを愛しています。
何故神が私たちを

・聖書ヨハネの福音書3章16節
「神は、実に、そのひとり子(イエス・キリスト)をお与えになったほどに、世を愛された。
それは御子(イエス・キリスト)を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを
持つためである。」

神の計画

そして神は、あなたに素晴らしい人生を与えようと計画しているのです。

イエスは「わたしが来たのは、羊(あなた)がいのちを得、またそれを豊かに
持つためです。」と言われました。ヨハネの福音書10章10節
豊かな命とは、神様と共に永遠に生きる、神様から与えられる命のことです。

人罪を犯して、神から離れてしまったので、神の愛と計画を知ることも、体験することも
できなくなってしまったのです。

人には罪があると聖書には書かれています。

・ローマ人への手紙3章23節
「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず」

皆さんは、アダムとエバの話を知っているでしょう。
神が初めに造った人は、アダム、そしてその奥さんがエバです。
聖書、創世記の中には、初めの人アダムとエバのことが書かれています。
彼らは、神が食べてはいけないと言われていた実を取って食べ、神に背きました。
すべての人は罪のDNAを受け継いでいるため、すべての人は罪人なのです。

人は本来、神と交わりのできるものとして創造されましたが、神の命令にそむいて
自分勝手な道を進みました。それで、神との交わりが絶たれたのです。
意識的な反抗とか、消極的な無関心などに現れる自己中心が聖書のいう罪です。

人は、神から断絶されています。
「罪から来る報酬は死です。しかし、神が下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある
永遠のいのちです。」ローマ人への手紙6章23節

イエス・キリストだけが、人の罪を解決するお方です。
あなたもイエス・キリストによって、神の愛と計画とを知り体験することができます。

キリストは私たちの身代わりとして死なれました。
「しかし私たちがまだ罪人であった時、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」
ローマ人への手紙5章8節

イエス・キリストは復活されました。
「キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また葬られたこと、
また、聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと、また、ケパに現れ、それから十二弟子に現れたことです。その後、キリストは5百人以上の兄弟たちに同時に現れました。」
1コリント人への手紙15章3節〜6節

イエス・キリストだけが神への道です。

イエスは、「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ
だれひとり父のみもとに来ることはありません。」ヨハネの福音書14章6節

神と人とをへだてているこのギャップに橋渡しをするために、神が何をしてくださったかを
説明しているのがこの図です。御子イエス・キリストが、私たちひとりひとりの罪の罰を身代わり
となって受け、十字架の死によって、つぐないをなしとげてくださったのです。

私たちは、イエス・キリストを罪からの救い主、主として受け入れる必要があります。
その時、神の愛と計画とを知り体験することができます。

「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもと
される特権をお与えになった。」ヨハネの福音書1章12節

私たちは信仰によってイエス・キリストを受け入れます。
「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって、救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物(プレゼント)です。行いよるものではありません。だれも誇ることのないためです。」エペソ人への手紙2章8節〜9節

私たちがイエス・キリスト受け入れる時、新しい誕生を体験します。

私たちは、個人的な招きによってキリストを受け入れます。
「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら
わたしは、彼のところに入って、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」
ヨハネの黙示録3章20節

イエス・キリストを受け入れるとは、自己から神に方向転換し(悔改め)、キリストが私たちの心の内に入ってくださり罪をことごとく赦し神が望まれるような人間に内側からつくりかえてくださることを信じることです。イエス・キリストが神の子であり、私たちの罪のために十字架にかかって死んでくださったということを知的に認めるだけでは充分ではありません。又、感情的体験をしたとしても不充分です。自分の意志で、信仰によってキリストを受け入れるのです。

あなたも今、信じて祈ることによって、キリストを受け入れることができます。
祈りは、神に話すことです。

神は、あなたの心を知っているので、あなたがどんなことばで祈るかよりも、どういう心で求めているかを見ています。次のように祈ることによって、あなたも今、キリストを受け入れることができます。
「主イエス様、私はあなたを必要としています。あなたが、私の罪のために十字架で死んでくださったことを感謝します。私は、今、あなたを私の罪からの救い主、主としてお迎えいたします。私のすべての罪を赦し、永遠の命を与えてくださり感謝します。私の人生を導いてください。私をあなたが望んでおられるような者に変えてください。アーメン。」

これは、あなたの心の願いを表しているでしょうか?
もしそうでしたら、今、祈りましょう。キリストは約束されたように、あなたの心に入ってくださいます。